三重県鈴鹿市のJA鈴鹿本店で今年3月、2人組の男が現金輸送車を襲い、2億円を奪った事件で、県警は7日、住所不定、元暴力団幹部(36)と、暴力団員の男について、強盗容疑で逮捕状を取った。
元暴力団幹部の男は拳銃を隠し持っていたとして銃刀法違反容疑などで逮捕、起訴されている。暴力団員の男は逃走しており、県警で行方を追っている。
捜査関係者によると、2人は3月18日午前7時頃、鈴鹿市地子町のJA鈴鹿本店で、到着した現金輸送車の前に車で乗り付け、警備員に拳銃のようなものを突き付けて「動くな」と脅し、2億円と1000万円が入った手提げバッグ2個を奪った疑い。
車は盗難車で、同月20日に同市内で発見され、1000万円の入ったバッグは手つかずで車内から見つかった。
三重県鈴鹿市で3月に2人組の男に現金輸送車が襲われ2億1千万円が強奪された事件で、県警が元暴力団幹部(36)=銃刀法違反などで起訴=が犯行にかかわった疑いが強まったとして、強盗容疑で再逮捕する方針を固めたことが7日、わかった。この幹部の県外に住む30代の知人も事件に関与していることもわかり、同容疑の逮捕状を取り行方を追っている。
元暴力団幹部が別の知人に事件への関与をほのめかしていたことが分かり、県警が元幹部の周辺を捜査。知人の30代の男の関与も浮上した。
2人は3月18日朝、鈴鹿市地子町のJA鈴鹿本店の通用口で、現金輸送車から現金を搬出していた警備員に拳銃(けんじゅう)のようなものを突き付け、2億1千万円を強奪。車で逃走した疑いが持たれている。
2015年5月18日月曜日
2015年4月13日月曜日
「民族」とは
民族の時代といわれて久しい。近年、とくに民族の問題がクローズアップされている背景には、いうまでもなく共産主義体制の崩壊がある。冷戦終了後、旧ソ連や東欧では民族意識と宗教の封印が解かれたとたん、堰を切ったように民族問題が噴出した。また旧共産圏以外でも、東西の陣営争いの下で国際社会から黙殺されてきた民族問題が、あらためて浮かびあがってきた。
もちろん民族の問題は、そのはるか前から存在していた。だが、いまほど「民族」が、「イデオロギー」にかわる道具として露骨な陣取り合戦や政治的駆け引きのために利用されている時代はない。また、いままで民族意識などさほどもたないできた人々が、特定の民族や集団への帰属を強めて社会を「分化」する動きも、これまでになかったものだ。今日もなお、新たな紛争の火の手があがり続ける民族問題解決のマニュアルは、いまだその表紙すら見えてこない。
そもそも「民族」とはなにか。その定義はひじょうにあいまいで流動的だ。人類をこれこれこういう概念で分類したグループのこと、というような明確な基準がないからである。私たちは、たとえば「多民族国家・米国」といわれると、白人も黒人も黄色人種もいるしなどと、まずは人種の違いを思い描くことが多い。
まず、人種についてみてみよう。「人種」という言葉には、純粋に生物学的特徴をいう場合と、階層とか文化などの属性も含める場合と、二通りの意味がある。たとえば「人種が違う」というような表現は、肌や目の色の違いというより、育ちなどを問題としたものだろう。こうした文化的属性をも含めての人種は「社会的人種」とよばれることもある。この意味での「人種」は、かつて「民族」とほとんど同じようにもちいられてきた。
一九世紀から二〇世紀にかけて西洋社会に広まった人種論は、白人は黒人や黄人より優れており、それを支配すべきであるという、植民地制度を正当化するような白人中心思想によっていた。つまり人種とは、わざわざ「社会的人種」とことわるまでもなく、もともとが生物学的特徴と文化的特徴によって、人類を分け隔てる概念だったのである。
もちろん民族の問題は、そのはるか前から存在していた。だが、いまほど「民族」が、「イデオロギー」にかわる道具として露骨な陣取り合戦や政治的駆け引きのために利用されている時代はない。また、いままで民族意識などさほどもたないできた人々が、特定の民族や集団への帰属を強めて社会を「分化」する動きも、これまでになかったものだ。今日もなお、新たな紛争の火の手があがり続ける民族問題解決のマニュアルは、いまだその表紙すら見えてこない。
そもそも「民族」とはなにか。その定義はひじょうにあいまいで流動的だ。人類をこれこれこういう概念で分類したグループのこと、というような明確な基準がないからである。私たちは、たとえば「多民族国家・米国」といわれると、白人も黒人も黄色人種もいるしなどと、まずは人種の違いを思い描くことが多い。
まず、人種についてみてみよう。「人種」という言葉には、純粋に生物学的特徴をいう場合と、階層とか文化などの属性も含める場合と、二通りの意味がある。たとえば「人種が違う」というような表現は、肌や目の色の違いというより、育ちなどを問題としたものだろう。こうした文化的属性をも含めての人種は「社会的人種」とよばれることもある。この意味での「人種」は、かつて「民族」とほとんど同じようにもちいられてきた。
一九世紀から二〇世紀にかけて西洋社会に広まった人種論は、白人は黒人や黄人より優れており、それを支配すべきであるという、植民地制度を正当化するような白人中心思想によっていた。つまり人種とは、わざわざ「社会的人種」とことわるまでもなく、もともとが生物学的特徴と文化的特徴によって、人類を分け隔てる概念だったのである。
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