2014年8月18日月曜日

世界を恐慌から救う救世主

BRICSとは、もともとは米国の投資銀行ゴールドマンーサックスが作った造語である。中・長期的に高い経済成長が期待できる有望市場として四力国に注目した、発音の歯切れのよい呼び名だった。だが、経済力にとどまらず、四力国がグループとして政治的な影響力もつかもうとする意図が表れ始めている。それは「G4」を作ってみせたブラジルのしたたかな動きの中にもうかがえる。本番の十一月の金融サミットでは、インドのシン首相もブラジルに口調を合わせた。日米欧の先進国が中心のG8体制について「時代の要請を満たすには十分ではない」と断言。一方、ロシアのメドページェフ大統領は、国際金融システムの改革は、G7やG8ではなく、G20の場で議論すべきだと提案した。

 ロシアはG8にもG20にも参加する立場だが、あえてブラジルなど新興国の側に寄った姿勢を示したことになる。日米欧が今後は十分な指導力を発揮できないと読んだうえで、経済外交の舵を微妙に新興国との共同歩調の路線に転換したと解釈することもできる。だが、新興四力国の中で最も強烈に世界に存在感を印象づけたのは、中国だった。サミット開催の直前に、北京の中国政府は総額四兆元(約五十七兆円)にも上る内需の喚起策を発表。需要が落ち込む日米欧に代わって世界を恐慌から救う救世主を自ら演じて見せた。

 中国政府が挙げた公共投資の対象は、中低所得者向けの住宅、農村インフラ、鉄道など交通インフラの整備のほか、医療、教育事業の拡充、環境対策、ハイテク産業の振興など。さらに四川省の大地震の震災復興事業や所得が低い農村部の振興策、税制改革による減税措置、商業銀行の融資規制の緩和も加え、合わせて十分野の総合的な内需刺激策とした。日米欧の各国政府は、こうした中国の政策について金融サミットの前に相談や根回しを受けていたわけではない。中国は先進国から強制されたわけでも、要請されたわけでもない。中国独自の判断で、世界経済を案じ、世界のために中国が取るべき対策を講じたという形をつくって見せたわけだ。

 「中国は国際金融市場の安定化において重要な責務を担った」。新華社通信が報じた胡錦濤主席の自信満々の発言が、中国の自負を裏付けている。世界銀行も中国政府による内需拡大、景気刺激策がGDPの伸びに貢献することを認めた。世銀は○八年十一月末に発表した「中国経済季報」の中で、二〇〇九年の中国の成長率を七・五%前後と予測している。ゼロ%もしくはマイナス成長が見込まれる先進国と比べれば、中国が「頼りがいがある存在」に見えるのは当然かもしれない。もはや一枚岩ではない。では、歴史的な国際会議の内幕はどうなのか。金融サミットに事務方として参加した日本政府の幹部は会議の実態をこう解説する。

 「G20が新しい枠組みだといっても、それは名前ばかりだ。実際に会議の中で機能しているのは日米欧だけ。共同宣言や行動計画などの文書を練り上げる作業は、ほとんどG7の官僚が徹夜でこなした。新興国の政府は金融に関する政策の知識もノウハウもなく、先進国の議論についてこられなかった」実態は確かにそうなのかもしれない。とはいえ、今のグローバル経済の現実を見れば、「主役」だった日米欧の力の相対的な衰えは明らかだ。世界の経済成長への先進国の寄与度は全体の約三分の一まで落ちている。